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執筆者の写真おちや

削られた機械室の意味

更新日:2022年8月16日

長崎市小菅町。

ここは世界遺産「小菅修船場(通称,ソロバンドック)」で有名な町ですね。


ソロバンドックには機械室がありますが,よく見ると建物の一部が削られています。

この理由について話をさせていただきます。


結論から言いますと,戸町隧道建設による県道(現国道499号)の切り替えによって機械室の一部が削られたそうです。

切り替え前は写真と図版を見ていただければわかりますが,今の小菅バス停(下り線)から勝廓寺(真宗大谷派)の裏を通って戸町隧道の手前の信号機に出てくる道が旧道になります。その延長上に道がつながっていますが,この道は国分町経由の道で戸町1丁目の戸町隧道出口に出てきます。これも旧道ですね。


勝廓寺の裏側を歩いた時に橋があることに気が付きました。この橋は欄干が砂岩で作られており親柱は「こすげはし」と彫られていました。川は勝廓寺と国道下を通過して機械室横に出て,小菅バス停(上り線)直下を流れて長崎港に注いでいました。勝郭寺と国道下は暗渠ですね。でも,バス停直下を流れていくのはちょっと不自然です。これは川の流れを切り換えた可能性が高いでしょう。その理由として修船場建設が考えられます。本来,修船場のある海は「小菅浦」と言われた入江になりますが,川は入江の中心に向かって流れていたと思われます。修船場建設の際に流路が変更され現在に至ったのでしょう。


戸町地区は水が豊富な場所です。その証拠として雨が降ると戸町隧道からは漏水が絶えません。ここは親岳の真下にあたり,水源は戸町岳に求めることができます。その途中には小ヶ倉水源地(1926年完成)があり水源の豊富さを示しています。戸町2丁目や小菅町には井戸の痕跡を見ることができます。


話は以上です。

ご清聴ありがとうございました・・・。


普段,何気ない場所でも,調べてみると面白い事がわかるのですね。

これだから,地元の研究はやめられないのかもしれません。


 

機械室の一部が削られています
信号機左の道が旧道になります
旧道です
旧道出口です(奥は国分町経由の旧道の続きです)
国分町・戸町1丁目へつながる旧道です
こすげはし(小菅橋)の近景です(反対側の欄干と親柱はありません)
親柱です(こすげばし)
1900年ごろの地図です
航空写真でみると,旧道の方が地形にあわせた道ですね


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